夏目漱石の「永日小品」のなかの「印象」の書き出し部分です。ロンドン滞在中の彼はかなり精神的に参ってしまったといわれていますし、彼自身も自虐的にそう書いています。しかし、そんなこととは無関係にこの作品は100年前に彼が留学した当時のロンドンに誘い出してくれます。
下の地図をいろいろ触って見ていただいたらわかるように、夏目漱石がわが国初の英国への国費留学生として19世紀の最後の秋にロンドンに来たときの宿、ゴウアー街76番は、大英博物館のすぐ裏にあたるところです。ロンドン大学もすぐそば、またこの地区は漱石が滞在した四年後の1904年にはバージニアウルフが(ブルームズベリー)に移り住み、高名をあげたケインズなども属するブルームズベリーグループのサロンとなったところです。
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まだ世界には航空機もなく、観光客が訪れることもほとんどないロンドンで孤独に漱石は宿を出て歩きだします。
「 坂の下には、大きな石刻( )の獅子( )がある。全身灰色をしておった。尾の細い割に、鬣( )に渦( )を捲( )いた深い頭は四斗樽( )ほどもあった。前足を揃( )えて、波を打つ群集の中に眠っていた。獅子は二ついた。下は舗石( )で敷きつめてある。その真中に太い銅の柱があった。自分は、静かに動く人の海の間に立って、眼を挙( )げて、柱の上を見た。柱は眼の届く限り高く真直( )に立っている。その上には大きな空が一面に見えた。高い柱はこの空を真中で突き抜いているように聳( )えていた。この柱の先には何があるか分らなかった。自分はまた人の波に押されて広場から、右の方の通りをいずくともなく下( )って行った。しばらくして、ふり返ったら、竿( )のような細い柱の上に、小さい人間がたった一人立っていた。 」
最後まで読むとトラファルガー広場まで来たことがわかります。この小品を読んだ当時の人は何を書いているかもわからなかったでしょうし、漱石も説明のしようがなかったでしょう。
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まだ世界には航空機もなく、観光客が訪れることもほとんどないロンドンで孤独に漱石は宿を出て歩きだします。
「 坂の下には、大きな石刻
最後まで読むとトラファルガー広場まで来たことがわかります。この小品を読んだ当時の人は何を書いているかもわからなかったでしょうし、漱石も説明のしようがなかったでしょう。


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