2011年10月アーカイブ

ムーラン・ド・ラ・ギャレット 旅行の楽しみは旅行中だけじゃなくて準備と思い出の整理にもありますが、今回は準備をしてなかっただけ発見の面白さがありました。特にモンマルトル界隈の雰囲気は期待していなかっただけに嬉しい驚きがありました。

 旅行から帰って、グーグルの地図を見ながら家内の記憶だけで歩いたモンマルトルの小道を辿っていると「あ、これだ!」と思いあたった場所が、この「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」です。
 「ムーラン・ルージュ」はよく記憶した名前でしたし、ロートレックのポスターもよく記憶していましたから地図を片手にそこを目指して丘を降りていったのですが、その途中で見かけたのがこの一風変わった建物だったのです。

 あまりにも奇抜なので、画廊かなにかかなと思って覗いたら、メニューがり、それで「レストランか」と納得したのですが、観光客が何人も記念写真を撮っていたのが気になりました。変わった珍しい概観なので記念に写真を撮ってるんだろうと思って私も一枚撮ったのがこの写真です。
モンマルトル遠景 先に書きましたように、ロンドンからパリに着いて北駅の近所にあるホテルに荷物を預けてから最初に家内が連れて行ってくれたのはモンマルトルです。今回のパリ旅行について、全く何の下調べもせず旅行書の類も見なかった私にも聞き覚えのある名前でした。
 丘の頂上にはサクレ・クール寺院があるのも特徴ですが、モンマルトルの魅力はこの寺院にあるわけではありませんが、パリの風景には欠かせないものとなっているようです。写真はエッフェル塔の最上部から撮ったもので、モンマルトルの高さがあまり目立たなくなっていますが、それでも広大なパリの風景の中で異彩を放って目立つものでした。

 先週で語学学校を修了したことを書きましたが、厳密にはホリデー中です。期間は例えば私が申し込んだ期間であれば2週間とることになっています。

 その間に今週の火曜から家内とパリに一泊旅行してきました。私は海外旅行の経験はあまりなく、それだけに初めての欧州大陸は印象深いものでした。

第一印象
 ロンドン・パリ間はユーロスターという日本の新幹線に匹敵する国際高速鉄道で2時間30分足らずの短時間で結ばれています。ロンドン側の出発駅は英国の鉄道の改良に伴い4年ほど前ににウォータールーからセント・パンクラスに変更され素晴らしい施設になっていますが、パリの北駅はおそらく開業時のままで、比較すればみすぼらしいのはいかんともし難い印象です。しかも、英国でも(日本でも)少なくない鉄道の落書きがいたる所に目だって荒れた印象です。

 到着したのは朝の9時前で、駅前のホテルに荷物を預けてすぐにバスでモンマルトルに向いました。ここも寄り付きはよく言えば京都の清水坂のような感じの、やはりみすぼらしい印象はぬぐえません。狭い路地から丘を望むと立派な聖堂が見えますが、回転木馬などがある場末の雰囲気です。

モンマルトル入り口観光客
 まだ町は十分目覚めていないような時間ですが、既に団体観光客が続々と集まってきています。目立つのはアジア、それも中国人と韓国人です。みかけでは日本人と見分けはつきませんが、言葉で判断しました。恐らく以前は日本人団体客が目立ったのではないかと思いますが、時期的なものか、個人旅行に移行してしまったものかのどちらかでしょう。
munakata.jpg 大英博物館で、ビッグコミックの連載マンガ「宗像教授」の原画展が開かれます。2年ほど前にも原画展が開かれていて、そのときにものですが、今回はその後描かれた「『宗像教授異考録』大英博物館編」"Professor Munakata's British Museum Adventure"が英訳され、大英博物館出版局"British Museum Press"から14.99ポンド(2000円程度)で出版されるのを記念して、原画に加えこれを書いた筆二本なども展示されるとのことです。

 前回と比べて内容も期間も充実しており、日本でも、このシリーズが連載されているビッグコミックなどは大人が読むマンガとして人気も高く定着しています。前回の展示のときも、私の同窓生から愛読書の関連情報として教えてもらったものです。その質の高さからアジア・アフリカ文化のひとつとして認知されていく過程の一つとして、来場者の反応が非常に興味ある展示です。

 私も11月25日に開かれるイベントにあわせて大英博物館に行ってみようと考えています。
 昨日の金曜日で今回の渡英の一番の目的としていた語学学校を修了しました。今回、はどの程度上達すればいいのかというイメージさえ持てていなかったのですが、全部で七つある段階の下からも上からも四段階目である中間のIntermidateというクラスに上がることができたので、まあいいのではないかと思っています。
 英会話能力の現状は一ヶ月ほど前に書いたこととそう変わるわけではないのですが、少なくとも英国人の言うことは、より明瞭に聞き取れるようになってきたというところでしょうか。発言能力はまだまだほとんどありませんが。
 次回の渡英では「英語習得はあきらめる」から「英語取得は卒業してほかの事にとりかかる」までの選択肢があったのですが「一層の英語力の向上をはかる」に的を絞ることにします。語学学校での習得段階だけではなくIELTSなどの受験も考えて見ます。
チャールトンハウス画像資料 チャールトン・ハウスにまつわる話を書いてきましたが、人物に焦点をあわせて何回か書いてみたいと思います。
 その第一回として取り上げたいのは、この館を建てたアダム・ニュートン(Adam Newton)です。ほぼ同時代の科学者であるアイザック・ニュートンIsaac Newton)と同姓ですが、アイザックがイングランド人であるのに対し、アダムはスコットランドの人です。
 アダムは長らくフランスのポワトゥー(Poitou)にある学校で教師として過ごした学者ですが、スコットランドに戻って1600年ごろに、ジェームズ6世(後のイングランド王)の息子であるヘンリー王子(Henry Frederick Stuart)の家庭教師(tutor)に指名されました。

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